2015年5月26日火曜日

3h耐久

スタートして1時間くらいだったか、自分も逃げに乗りたくて「加速の攻撃で」集団を絞ろうBCタイマーズと一緒にスピードあげてローテしてと頑張っていたけど

まだ      皆様元気        だった事もあり、絞れないでいた。

簡単に集団に追いつかれます。

(平均40キロで進行)

きついコーナーもなければ 上りもない  風もさほどない ペースをガチで上げることもできない

ので無理もありませんでした





「加速の攻撃」  がだめなら  次は  「減速の攻撃」を繰り出すこととします。


チャンスは、一周に2回。 シケインの立ち上がりの加速ポイントで 「減速」するだけです。

例えば、4番あたりで侵入し、立ち上がりを「悟られない程度」にゆっくり行き、中切れ風にして車間を開けます。

前の数人を集団から先に行かせて

   しまおう  という作戦です。

「減速の攻撃」は、 おお昔からあって、コーナーや登り返し(下って登るポイント)

で使いやすいです。  

道が狭くなるポイントで 横に3列くらい同チームで減速して集団にフタを

して 先に行っている選手を泳がす(逃がす) というものあります。

エコパの登りでつかえます。

すべてのチームが入らないように見張ってないといけませんが。




前に行った選手は、逃げるつもりなくても「後ろ離れている!頑張って逃げようぜ」と

なったらこっちのもの。   見ているだけなのでたのしいです。

逃げに乗りたいであろう後ろ選手は、歩兵を使って追うしかない状態になるし、

逃げている前の選手も消耗するし・・・、

風を受けて追えば後ろの歩兵は疲れて消耗する。

レースの展開のなかで、


「消耗させたい選手」をその場で頭の中でリストUPして、

「3時間かけて相手を消耗させていく」

これが、3時間耐久レースの楽しさだなと思うのです。

自分が消耗したいわけではないのです。


こんかいはこんな感じでした。

そんなこんなで2時間以上の間、減速の攻撃を繰り出しては、逃げができて、追撃ができて追いつき・・・・・

をくりかえします。  もちろん追撃している選手や逃げている選手は消耗したでしょう。 計算通りです。 いちどなかなか追いつかないときは、すこし焦りましたが3周くらいかけて追いつきました。


ここで私が、チェックしていたのは、ゴールまで連れて行きたくない方々。。「ついてるだけのスプリンター」です。

他力本願な展開を見守っていて、最後はちょろっとって選手は消耗させる方法があまりないので要注意でした。



レースも残り30分になったところで、追い風区間に差し掛かり4番手くらいに入ります。バックストレートです。

坂もコーナーもないところで、「減速の攻撃」を繰り出したら

あっけなく逃げが決まってしまいました。  

感のいいケビンさんやサクソバンクジャージが最後に入っていきました。私は前から2番目でそれをみて

いました。     あー。 逃げたよ  (棒)

「さあ追いかけるチーム達!あなた達の仕事だよ」って感じです。


ここまでは、計算通りだったのですが、


最後にうらの右コーナー(やや登り向かい風)で 単独、三船さんが合流して行ってしまいました。これが想定外でした。

今回は、それに付けなかったのがすべてでした。

結果的に、三船さんが前に追いつき逃げを牽引して

逃げ切られてしまいます。

集団も、ラスト2周からの猛追で 頑張ってくれて

ぎりぎりまで追いついて行きました。   まえからこぼれてきた選手もいましたが

ゴールまでに先頭をとらえることはありませんでした。

集団では、追撃にさんかしなかったグループで

申し訳スプリントしてゴールに流れ込みです。




久々にほかにもいろいろ試せて楽しかったです。


おわり

2015年4月27日月曜日

群馬遠征

ただの温泉旅行になってしまったorz...



 
調子よく
感じていたけれど
 
 

 
土曜 ローリングで穴に落ちて  Rパンク
 
走行半周!!
のち花見。
 
 日曜、 走ったけど
DNF...。

混走レース(同じ時間に同じコースで紛れてレースする)で、ユースクラスの先頭に抜かれる時に、バイクから

「先頭がきたので、左によってください」


と 言われ   

なにを勘違いしたか

わたし含め数人は

踏むのをやめてしまい

しばらく流す~

↑これが良くなかった。


 
 
 
2160円の宿は最高でした。
 
天気も良かった。
 
日に焼けた。
 
ただの温泉旅行でした。     とほほ。
 

2015年4月21日火曜日

クリフォード参戦

 
 三ヶ日でMTBレース復活している

と噂をお客様から聞いて

ネットエントリー

当日支払いで

2レース走ってきました。
2レースで5000円でした。
http://crifford.jimdo.com/
 ↑ 懐かしの三ヶ日高山です。
15歳の頃親父に車で連れてきてもらって走っていました。
高校になったら自走でテント持って仲間と来て泊まって走りまくって、尉ヶ峰林道で帰った記憶が蘇ります。 転んで病院送りになった事もありました。 童貞の少年はMTBとともに青春を過ごしていました。


いつからか12月の大会がなくなってここも閉鎖になり、入れなくなってしまい行かなくなっていました。

っで、今は、草ボーボーから

復活して快適MTB&
ピクニックフィールドになっていました。 関係者の方々に感謝です。

 

トイレ付きの公園の下エリアが

今回のレース会場です。  普段も賽銭入れて走れるみたいです。








タコスや美味しそうなものもありました。きれいな方もいます。



9時からのレースに備えシクロクロス車で未舗装の駐車場でウロウロしながら感触をつかみます。わざと倒して滑る感触を味わっておきます。空気は2.1気圧でいきました。IRCシラクチューブレス6800アルテグラホイールの組み合わせ。

期限切れのパワージェルを普通に食べ、準備完了~。

CX3クラス(30分)は、


しゅんさん、K藤さん、私が一緒に

出走します。

これは負けられません。







結果シクロクロスは3位でした。スタートはほぼ最後尾でしたが、じわじわ抜いて4位くらいで安定します。転ぶ事もなくキャンバーもこなせました。
小鹿の出産みたいな、しゅんさんもラップします。
どのレースもラスト10分くらいで何かあるので諦めずたんたんと重ね
終盤で前の方(ダウンヒル選手)がパンクして順位があがり
ラッキーだったのですが、
後ろから来たかたをあっさり行かせてしまい(周回遅れと勘違い)
ます。この方が2位でした。
 
短いですが超ハードでした。
 
 
休憩をはさみ、MTBクラスです。
 
腹が減ったので、ブチョーコーヒーで、パスタを食べました。
 
 
MTB3クラス招集場所に行くとたくさんいます。みんないい自転車です。
 
深谷産業の担当の営業(イケメン)もいます。これは負けられません。
 
私の自転車は、
 
初代XTRのRメカ、
初代SID  
  8S
サンツアーのMDクランク、カンティーブレーキにフラペでスニーカー・・・
 
通勤仕様のそのまんまです。
 
こちらは4位か5位でした。 きつくて記憶がないです。
シクロクロスよりスピードが速かったですね。
キャンバーも余裕でぶっ飛ばして行けました。
 
楽しかったです。
 
応援有難うございました。
 
 
また出ましょう。
 
 
 
 

 

2015年2月15日日曜日

line@

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2015年2月11日水曜日

S子とM雄の話

私は、Tシャツを重ね着するのだけど
 
手持ちのTシャツの中に、「やけに相性がいい」
 
半袖と長袖がいる事に気がついた。
 
それは、丈や身幅、着心地がそのセットだと丁度いい具合なので
 
いつもそのセットで着てしまう
 
誰にでもそんなセットはあると思う
 
 
半袖はちょっとくたびれてだいぶ馴染んだ、Sサイズなので「S子」にして
 
長袖はまだ若いMサイズなので「M雄」にした
 
S子もM雄とセットだと嬉しそうだしM雄もS子が中だと居心地が良さそうだった
 
干される時も 隣に干してあげて 乾くのをまった
 
S子もM雄も  出番のない日はそれぞれタンスにいるわけだが
 
ある日、「どうせ着るときセットで着るから」と言う理由から
 
長袖、半袖の垣根は無視して、近くにおくようにした
 
合理的だと思う
 
M雄の上にS子を載せて置けば、着るときにいちいち探さなくて良い事がわかった
 
しかし万能なS子は時々違うパートナーと旅にでていた
 
パジャマの中になってみたり、Yシャツの中になってみたり
 
M雄のことなどお構いなしである
 
 
そんなある日、S子は戻ってきてとM雄とセットで出番だった
 
やはりこのペアはよく馴染んでいた
 
よく馴染んでいる2人は 洗濯のときにだけばらばらになってしまう
 
それが許せなかった
 
私は純愛を貫いてほしいという親心から
 
二人を脱いでそのまま重ねて洗ってみた
 
洗濯機が止まり中を覗くと二人は2回のすすぎと脱水に耐えて固く抱き合っていた
 
私はそっと抱え部屋で一番暖かな所にそのままそっと干してあげた
 
乾きが遅くなっても 離れ離れになるよりずっとましだった
 
 
それから何日かたって、ゆっくり乾いた2人をまた着てあげた
 
もうお互いを探さなくてもいつも一緒だった
 
 
 
月日が経って
 
家族と生活するようになっても私はまだS子とM雄には
 
一時も離れ離れになってほしくはなかったから
 
相変わらず当たり前のように2人は重なり合って同じ洗濯機に入れた
 
ここで問題が発生する
 
ばあちゃんは
 
「洗濯物は、ちゃんと一枚一枚ばらしてちょうだい」と言う
 
私は、めんどくさいから
 
「それは一緒に(重ねて)干してあげて~」
 
といったが
 
 
ばらばらにされていた・・・・・。
 
 
 
 
MY 洗濯機ほしい・・・。
 
 
おわり